こんなことなら、彼女を起用するのではなかった・・・・。こんなことになるのなら、彼女の他に、もっと他に、せめて彼女とは別の少女を・・・・。

プロデューサー兼演出を手掛ける「向井輝之」は、両手両足を縛られたまま愕然とうなだれ、少女の悲鳴や嗚咽を聞いていた。

『アマゾンの裸族たちと、「ある一人の日本の少女」との心と魂のふれあい・・・・』

そんなテーマを掲げて臨んだ今回のロケが、このような無残な展開を遂げるようになることなど、彼は夢想だに出来なかった。

今、彼の脇には、喉元を切られて絶命した男性スタッフの遺体が無残なまま仰向けに横たわっている。闇夜に燃え盛る、まるでキャンプファイヤーの如き「かがり火」に土まみれの死相を明るく照らされ続けている。

総勢男女8名で臨んだメンバーのうち、実に男性4名と女性1名が既にこうして「彼ら」に殺された。輝之とて無傷では済まなかった。鈍器で強打された頭部の出血はようやく止まったものの、今も高熱を伴った傷口の痛みは増すばかりである。

アマゾンの密林の奥地で、彼がコンタクトを取ろうとした部族は「ニビデ族」。文明人にも友好的で、それでいて日本人が驚くような未開人独特の奇習の枚挙にも暇がない。何より股間をあからさまに露出していない裸族ということで、テレビ番組で放送する際にも何かと都合が良いものだった。しかも向井は十二年前にも一度、当時はまだロケ班の一スタッフではあったが、ニビデ族の取材に同行した経験があったのである。

しかし・・・・、それがまさかこのような、こんな残忍で排他的な部族がニビデ族を滅ぼしてその集落に住み着いていようとは・・・・。いや、実際の話、現地州政府の観光省ですらその事実をまだ知らないはずだ。もしも知っていれば、今回のロケは決して認可されなかったはずなのだから。

それでも自身の過失は否定のしようが無かった。本来ならばあらかじめ現地へスタッフを一人だけ送り、道程の安全を確認し、訪問する部族に対してロケの了承を取り付けてから大勢のスタッフと現地に入ることこそが順当な手続きなのである。“ヤラセ”を徹底的に廃して“ドキュメント”という言葉に重みを持たせようと、観光省発刊のいささか古い資料だけで安全と判断し、ニビデ族との事前の接触を意図的に省略したことこそが、今回の惨劇を招いた原因そのものだったのである。

藁葺き家屋の外壁に高々と積み重ねられた頭蓋骨の数々・・・・。大きなものもあれば子供のものとも思える小さなものまで様々だ。彼らに殺されたニビデ族のものであることは間違いない。

救助を請う為の無線機も破壊され、多くの仲間を失った今、自分とてこの先、あそこに頭蓋骨を積み上げられないという保証はどこにもない。しかし現在、辛うじて彼らに殺されずに済んでいることは確かだ。ニビデ族との通訳として採用されたネガダ族の青年「チムギン」も大した傷を負わず、すぐ近くで手足を縛られて身柄を拘束されるだけに留まっている。

しかし、ロケスタッフで生存を許されたのは自分とチムギンだけではない。もう一人いる。今回のドキュメント番組の主人公として抜擢した弱冠14歳の美少女「滝川安希」だ。

その彼女が今、こともあろうにこんな未開で野蛮な部族の、しかも、刺青を全身に施した長老格の男に犯されている。

身長も150センチほどの小柄で可憐な少女が、長く繊細な黒髪も美しい色白の日本の美少女が、こんな未開の野卑な原始民族たちの餌食にされているのだ!

まさに目を背けたくなる惨状。

大きな蓮の葉を何枚か敷いただけの地面の上、その白くて小さな体を、まだ蒼い十四歳の初々しい肉体を、初老の野蛮人の男に押し潰され、情け容赦なくその初花を蹂躙されている無残な光景が、かがり火に明々と照らされ続けている。

彼女の甲高い絶叫はもはや途絶えて久しい。今、彼女の白い喉元から紡ぎ出されるのは、生命も尽きようとしているかのような弱々しい呻き声だけだ。

それに反して、長老格の男の息遣いや腰使いは荒い。しかも、彼女の「美しさ」や「可憐さ」を認識しているとでも言うのだろうか、何と彼女の小振りな乳房や愛らしい額や頬、そして首筋や肩先にまで濃厚な口付けを頻繁に繰り返しているのだ。時に彼女の肌を味わうかのように舌で舐め、唇で強く吸い、まるで自分の占有物としての証を彼女の全身に刻み付けているかのような印象さえ受ける。そんな作業を夢中で繰り返しているのだ。いい年のクセに!

このような生死極まる状況下においては、少なくともそれは彼女にとって延命につながる行為となるものらしい。彼らがアマゾンでも有数の獰猛裸族「ガルダ族」だと断じるチムギンによれば、安希は今まさにガルダ族の長老によって、部族の魂を吹き込む「洗礼」を受けている最中らしいのだ。

獰猛で好戦的な裸族「ガルダ族」に遭遇したのはチムギンもこれが初めてだと言う。しかし、言語は彼のよく知るポンカ族のものと酷似しており、彼らの言葉もどうにか理解できるらしかった。

かがり火に明るく照らされた広場の中央で、野蛮なガルダ族の長老に犯され続けている色白の小さな日本の美少女―――。部族の大勢の男たちがそれを取り囲み、熱く見続けながら、歌とも呪文ともつかぬ奇声を上げ続けている。そして何と老いも若きも皆、その様子を見ながらあからさまに股間の「男」を膨張させているではないか!

そこには未開人たちの文明人に対する畏敬の念など微塵も感じられない。ただあるのは、異人種に対する彼らの好奇の眼差し―――いや、彼女の日焼けしていない繊細な素肌やその白い裸体にこそ彼らの関心は集まっている様子だ。そして、そんな異人種の少女が、部族の男たちを代表する長老の使い込まれた生殖器を「女」として迎え入れている様子に、彼らの興奮と喜びは尽きないらしい。どうやらガルダ族は、こうして長老格の男が皆の前で争った敵対部族の娘を犯すことによって、その部族を征服した証とするらしいのである。

しかし、そこに秘められたガルダ族の原始的な風習の「結末」をチムギンから告げられた時、私は全身に鳥肌が立つのをどうしても抑えられなかった。まだ十四歳の彼女にこれから待ち受けているであろう更なる過酷な悲劇を予見してしまったのだ。しかもその直後、まさに野性を思わせる獣のような雄叫びと共に、安希の裸体に覆い被さっていた男の褐色の全身に「硬直」がみなぎっていったのである。

やがて野太い息を吐きながら、彼女の小さな裸体にぐったりと体重を預けていくガルダ族の長老・・・・。それが意味するものを「男」として把握した時、私は少女が「肉体的」にはまだ子供のままであることを強く願わずにはいられなかった。そうでなければ・・・・そうでないと、安希は・・・・、この可憐な十四歳の愛くるしい少女は、こんな野蛮な未開人部族の、しかもこんな刺青だらけの褐色の贅肉をまとった長老の・・・・!!

・・・・こんなことなら、彼女を起用するのではなかった・・・・。屈託のない笑顔こそが似合う、朗らかで愛くるしいばかりの彼女が・・・・、これから先きっと多くの世の男性たちから注目されるべきはずの美少女が、このロケの主人公に抜擢されたばかりにこんな惨い目にあわされなくてはならないなんて! こんなことになるのなら、彼女の他に、もっと他に、せめて彼女とは別の少女を・・・・。

しかし、もう遅い。今さら悔やんでも、もう元には戻れない。こうして私の見ている目の前で、彼女は、こんな野蛮な奴らに!

かがり火がバチバチと音を立てて更に激しく燃え上がり、星空を赤く焦がしながら無数の火の粉を舞い上がらせている。そして裸族の男たちは狂喜して踊り、歌い続けている。長老に犯され、今や完全に気を失ってしまった十四歳の日本の少女を取り囲んで・・・・。

―――壮大なアマゾンの熱帯雨林・・・・、それは、様々な生物が徘徊する蒸し暑い湿地の辺境世界・・・・。そして未開の裸族たちの原始的な営みこそが、唯一肯定された人間本来の姿―――。

「ガルダ族」という極めて残忍で原始的な裸族と遭遇してしまった十四歳の可憐な日本人美少女「滝川安希」の『ジャングルドキュメント』は、誰一人そのシナリオを予想できぬままに、こうして始まったのである・・・・。

 

 


「美少女監禁凌辱の密室」シリーズ 第二弾

 

十四歳のジャングルドキュメント
熱帯雨林と裸族と少女

 

岳瀬浩司 著

 

本作品の著作権は上記の著者に属します。よって無断転載及び本文からの引用は、これを固くお断りします。個人の家庭内での購読目的に限り、印刷及び仕様の変更を許可するものとします。

〈ジュピターインターノベルズ〉


 

 

 あの「惨劇の日」から、もう七日余りが過ぎようとしている・・・・。

私は生きている。こうして「掘っ立て小屋」のような狭い木造家屋を彼ら「ガルダ族」から提供され、そこで寝起きしている。部族語通訳のネガダ族青年「チムギン」と共に・・・・。

今や我々の行動はいたって自由だ。夜間の勝手な出歩きこそ禁止されているものの、日中の行動に何ら制約を受けるものではない。必要十分な食事すら与えられている。

しかし、我々が受けるそれら恩恵のすべては、たった一人の「犠牲」によってもたらされている。そう、「滝川安希」という十四歳の可憐な少女の、余りにも憐れな「献身」によって・・・・。

あの惨劇の夜以来、しばらく安希は我々と完全に引き離され、ガルダ族長老「ビシヌエ」の手元に預けられていた。彼こそ、皆の前で彼女の処女を強引に奪った例のあの「刺青だらけの男」だ。

―――推定年齢50歳以上。明るい太陽の下でよく見れば、刺青だらけの顔や全身には既に皺が目立つ初老の男。しかし、それでいて長身で骨太な逞しい体格―――。言うまでもなく彼は部族で最高の権力者であり、しかも、部族に伝わる風習のすべてをつかさどるシャーマン(呪術師)でもあったのだ。

今でこそ安希も日中に限っては自由に村の中を歩き回れるようになった。そして我々の元を自由に訪れ、この狭い家屋で一緒に過ごせるようにもなった。しかし、それはごく最近のことであり、彼女はあれから丸四日もの間、そんな長老たる「ビシヌエ」の家にずっと監禁され続けていたのである。

久しぶりの対面を果たした時、安希はもはや「文明の衣」を身に付けてはいなかった。引き千切られたボロボロの衣きれでわずかに股間を覆い隠していたものの、上半身はまったくの裸だった。が、そんな格好を恥ずかしがる気持ちの余裕すら失い、私を見つけるなり胸元にしがみ付いて狂ったようにわんわんと泣きじゃくった。

小刻みに肩を震わせ激しく号泣するその様子に、まだ十四歳に過ぎぬ幼い彼女が長老の家でどれほど過酷な虐待や辱めを受けて過ごしていたのかが、私にもおおよそ理解できた。しかし、それだけに私には安希を慰めてやれるような言葉がまったく見当らなかった。とにかく生きて日本に帰ることこそが一番大事なことであり、その為には例えどんなことがあっても決してくじけてはいけないと、彼女を励ますことだけでその時は精一杯だったのだ。

しばらくの間、安希は本当に塞ぎ込んでいた。日中は私の元にやってきて、とにかく私の側を離れようともしない。しかし、以前のような眩しい笑顔はすっかり影を潜めてしまった。ただ目立つようになったのは、全裸のままで過ごしている彼女の首筋や小振りな乳房にくっきりと残る唇で吸われたような痕跡。そして彼女の白い内腿あたりに大量にぬめり付いた「男の体液」の無残な名残り―――。

彼女がビシヌエに毎夜どのような仕打ちを受けているのか、推測は余りにも容易なことだった・・・・。

しかし、私にはそんな彼女を慰めるべき言葉がどうしても見つからない。そもそも今回のアマゾンを舞台としたドキュメント番組の企画に、私が彼女をヒロインとして起用しなければ、彼女もこんな酷い目に合わされることはなかった筈だからである。

安希はそもそも「子供タレント」ではなかった。新体操の選手としてその将来を大きく期待された存在だったのだ。無名の体操クラブに所属しながら、わずか十二歳にして早くもマスコミに注目され始めていた。その若き「才能」ではなく、その類稀な「美貌」ゆえに。当時からそれくらいの美少女だったのだ。

ところが、不幸にも彼女は十三歳の時、練習中のアクシデントで続けて二度も右足のアキレス腱を切ってしまい、大した成績も残せぬまま引退を余儀なくされてしまった。それを好機とばかり、失意の彼女の元に多くの芸能プロダクションが殺到したことは、彼女の年齢とは思えぬその魅力からして言うまでもなかったことだろう。

こうして彼女は業界中堅の「エムプロダクション」に所属することとなった。理由は、彼女の自宅とエムプロの事務所が近かったことや、普通の暮らしを強く希望する彼女に対して、条件面でエムプロ側が大きく妥協した点にあったらしい。後で直接本人に聞いた話だが、どうやら彼女としてもテレビの世界にまったく興味や関心が無い訳でもなく、将来はレポーターやニュースキャスターなどの仕事をしてみたいという漠然とした希望は持っていたようなのである。

当時、私の所属する番組制作会社「東洋エンタテイメント」は、親会社である東洋テレビが放送する娯楽やニュース、そしてドキュメントやドラマに至るまで、全国ネット番組のおよそ7割の製作を受け持っていた。私はそこでドキュメント専門のプロデューサー兼ディレクターとして、既に数多くのドキュメント番組を手掛け、シナリオばかりかそのキャスティングすらも決定できる大きな権限を握っていたのである。そして、そんな私に東洋テレビからある日、大きな仕事が持ちかけられた。今年五月のゴールデンウィークに東洋テレビは開局30周年を迎えるのだが、開局記念の特別番組として放送する「ドキュメンタリー番組」を製作してもらいたいというのだ。しかも予算は通常の二倍である。

私は年甲斐もなく狂喜した。「開局記念特番」とは、まさにテレビ局の顔そのものであり、その番組製作を全権で任されるということはテレビマンにとって最高の栄世なのだ。私は早速「企画づくり」に没頭した。

当初から私の中では「ジャングルを探検する一人の少女」という一つのモチーフが存在していた。高い番組視聴率を叩き出すため、今も「動物」「女性」「子供」という単語は番組製作者たちの『三種の神器』になっている。そして昨今ここに「少女」「自然」という単語が名を連ねることになっているのだ。私も作る以上は「数字(高視聴率)」が欲しかった。そして「滝川安希」との初めての出会いは、ちょうど私がそんな企画作りに思案している最中のことだったのである・・・・。

 


 

 この世で最も魅力的な少女を―――。ジャングルの大自然に調和する純朴さ、汚れを知らぬ清楚さ、そして、誰もが庇護欲を駆り立てられずにはいられないまでの可憐さ、それらのすべてを兼ね備えた魅惑的な「美少女」を主人公(ヒロイン)に・・・・。

そんな理想的な少女を探し出す為、まずは手始めにと付き合いの長いエムプロダクションを私が訪ねた時のことである。私立高校への推薦入試に無事合格したことを報告に来ていた「滝川安希」という十四歳の少女と、私は偶然にもこの時初めて対面したのだ。 

私は一目見るなり、安希の魅力に完全に参ってしまった。

魅惑的な瞳、長い睫毛―――、繊細な黒髪に白い素肌―――。小柄ながらも新体操の選手だっただけに均整のとれたスタイル等々。素顔のままでこれほど美しい少女を、私は今まで一度も見たことがなかった。

しかも、彼女の素晴らしさは容姿だけではない。その朗らかで愛くるしい性格こそ私には希少なものに感じられた。そう、彼女は芸能界にはまだ正式にデビューしていない。裏表の激しい権謀術数ひしめく業界の垢がまったく染み込んでいない、無垢そのままの存在だったのだ。何かの為に誰かに媚びることもない、くったくない笑顔こそがそこにはあったのだ。

たちまち私の思い描くモチーフの中では、彼女がヒロインとしてイメージされるようになったのはいうまでもない。

確かに問題は多かった。彼女はまだ中学の卒業式すら終えていない「十四歳の女子児童」なのである。本人のみならず彼女の両親を説得するのも決して容易ではなかった。しかし私の強い熱意によって、彼女の中学卒業式翌日から高校の入学式前日までという条件付きながら、こうして彼女をアマゾンへ連れ出すことに成功したのである。こんな悲劇が待ち受けているとはまったく思いもせずに・・・・。

果たして、すべては彼女に宿命付けられた「運命」だったのだろうか。それともやはり、すべては私に見初められたがゆえの彼女の「不運」だったのか。

ジメジメと暑苦しい部屋の中で今、安希はおだやかな寝顔を私に見せている。私の膝元にその小さな頭を預けながら、全裸のままに・・・・。

ふと彼女の寝顔から視線をずらせば、彼女の繊細で長い髪が私の股間にまで広がり、私の「男」にも軽くまとわり付いている。そう、今や私も完全に全裸で過ごす毎日なのだ。

原始的生活を余儀なくされたこんな暮らしの中で、安希は唯一私にだけは心を許してくれている。このような禍(わざわい)を招いた張本人である私を一言も非難することなく、まるで父親のように慕ってくれている。最近ようやくそんな彼女に、以前のような朗らかな笑顔が戻ってきた。いまどきの若い子は特に気持ちの切り替えが早く、環境の変化への順応性に富んでいるのだろう。むしろ生まれてから四十年近くも都会の快適な環境に過ごしてきた私のほうこそが、全裸の格好で過ごすことを恥ずかしがり、このような不便な環境を憂う気持ちが強いようだ。

板壁の隙間から差し込む太陽の光が、安希の白い裸体を眩しく彩っている。汗の粒を全身に浮かべながら、このように蒸し暑い場所で眠れる安希にふと感心してしまうものだ。が、それは彼女に対して余りにも冷たすぎる考えだ。陽の昇っている今はこうして自由に安眠を許された彼女も、陽が沈むと自由の身でなくなる。そして、十四歳の少女にしては余りにも辛い「ある重労働」が待ち受けているのだ。こうして昼になったにもかかわらず私の膝元でぐっすりと眠り込んでしまうまでの過酷な「肉体的」労働が・・・・。

ところで、私はどうやら当初から彼らに「安希の父親」だと勘違いされているらしい。確かに彼女とはちょうどそれくらいの年齢差でもある。実際、彼女より2つ年下だが息子もいる。それが為にこうして死を免れることが出来た。しかし現在、私は部族の若い連中たちから時に「キクンバイ(臆病者)」とあざ笑われる羽目にもなっている。

この部族においては、父親が同意しないままにその娘の貞操が奪われることは、父親にとって最も誇りを傷つけられる不名誉な出来事とされている。確かに文明の進んだ社会であってもそれは同じ事と言える訳だが、そもそも私を生かした彼らの当初の目的もそこにあった。つまり、他部族の男とみなされた私の見ている前で、その娘と思われる安希を無理やり犯すことで、他部族の娘の肉体を征服するのみならず、他部族の男(父親)の誇りをも粉々に打ち砕いて「勝利の証」とする風習が彼らにはあったのだ。

こうして部族の男たちは皆、私のことを「自分の娘が姦通されているのを、ただ手をこまねいて見ていただけの臆病で間抜けな父親」だと見なし、内心では蔑み、あざ笑っている。つまり、私に許された自由こそ、彼らにとって「殺すにも拘束するにも値しない存在」を意味しており、彼らは「臆病者に対する憐れみ」をもってして私に食事と住まいを与えてやっているに過ぎないのである。但し、それもこうして「安希の父親」=「色の白い娘をつくった男」=「好奇な存在」という立場があってこその話なのだ。

そして、ネガダ族の青年「チムギン」とて、本来ならば殺される立場だったが、彼らの言葉を話せたことが幸いし、我々と彼らとの通訳(とは言え、彼も日本語が話せた訳ではない。私とはイスパニア語を使って話すことしか出来ないので、安希に彼らの話を伝えるには二重通訳となり、どうしても私が必要である)として死を免れることが出来た。今やこうして私と同部屋で暮らし、同じように食事も与えられている。控え目で冷静寡黙な25歳の青年だが、こんな状況下に陥った今でも、私の良きアドバイザーとして一生懸命に尽くしてくれている。

しかし、時としてそんな彼の冷静な状況判断から出る言葉に、私は失意のどん底に叩き落されることも少なくはなかった。そしてそれらの多くは、私の膝元に今も安らかな寝息を立てている「安希本人」には、決して告げることが出来ないようなおぞましい内容だったのである。

私の知りうる限りにおいて至高の美少女「安希」。

わずか十四歳にしてこれほどの美貌をまとい、それでいて線の細いしなやかな少女らしさ、可憐さをその小さな全身から漂わせている。

くすみ一つない小さな背中。なだらかなカーブを描く肩先。そして、小振りな乳房。

安希の裸体は本当に美しかった。適度に丸みを帯び始めている肢体は、もはや「幼稚」ではない。とはいえ「乙女」と呼べるふくよかさにはほど遠く、どことなく「脆さ」に包まれた感が否めない。

そして、安希の身体には「ある秘密」がある。十四歳にして何と無毛、そう、彼女には恥ずかしい場所を覆うべき若草が一本も生えていないのだ。同様に脇の下にも発毛の兆しは微塵もない。

まさに「少女」そのまま。

しかし、今日もやがてそんな彼女を悲しみに染める夕暮れが訪れる。彼女は再び私と引き離され、ビシヌエの息子たちによって彼の元へと連行されていくのだ。

そして安希は朝まで、あのビシヌエの慰み物に・・・・。

私にはそれをどうすることもできなかった・・・・。毎夜、彼女があの不気味な長老によって今頃どのような行為をされているのかを思い、蒸し暑い部屋の寝床で悶々と寝つけぬ時間を過ごすばかりだった。

そんな眠れぬ中、私の脳裏には必ずといっていいほど「ある記憶」が蘇っていた。それは今から12年前、「ニビデ族」の暮らしを取材した時に目撃した「ある衝撃的な儀式」の光景である。

そこでは我々文明人には到底想像も出来ないような、余りにも生々しく動物的な裸族たちの「性の営み」が、驚くべき状況下で繰り広げられていたのである・・・・。

 

 

 私は以前にもこの村を訪れたことがあった。当時まだ温厚な裸族「ニビデ族」が繁栄を極めていた平和なこの村に。ここで彼らの驚くべき風習に数多く触れ、畏敬の念を抱いた記憶は今も薄れることはない。

ところで、アマゾンに暮らすほとんどの裸族は、「アミュニズム(自然崇拝)」を基盤に個々の独立した村社会を形成している。崇拝の様式は部族によって大きく異なっており、我々文明人はそういった点にこそ各部族の特異性を見出すことが出来る訳である。

当時、ニビデ族にも「ベエマ」という名の「シャーマン(呪術師)」がいた。推定年齢40歳くらいの全身に刺青を施した不気味な中年男性である。生まれた時からシャーマンになることを義務付けられており、生涯を通じて独身で、集落から少し離れた寂しい場所に祠(ほこら)を作り、そこで暮らしていた。彼の仕事はジャングルに棲む悪霊から部族を守るため、昼夜にわたって祈祷に励むことだったのである。ちなみにニビデ族の族長(長老)は、「グノイ」という50歳前後の逞しく勇敢な男だ。つまり、ほとんどの裸族でそういった「政教分離」が図られていて、どちらの方が偉いという比較は存在せず、部族の皆から等しく信任され敬われるべき存在だったのだ。

そして、ニビデ族の暮らしにカメラを回し始めてからしばらく経った頃、我々ロケ班は偶然にも、数十年に一度しか行われることのないニビデ族の「ある珍しい儀式」が、今まさにおこなわれようとする時期にタイミング良く居合わせていたことを知ったのである。

それは生涯独身を運命付けられた「ベエマ」の、シャーマンとしての『後継者作り』の儀式である。何と長老「グノイ」の末娘がベエマの子を宿すため、しばらく彼の暮らしている木造の祠へ閉じ込められるという。しかも、そのグノイの末娘の「ネチカ」というのが、まだ十三歳の少女だったのだ。

我々は早速、この儀式の全模様をカメラ撮りのメインとすることにシナリオを変更し、長老グノイにその許可をもらった。そして、明日にはベエマの住む祠に送り込まれる予定となっている少女「ネチカ」の取材を開始したのである。

『精霊たちの魂を胎内に宿す為、肉体の穢れを落とす』という古(いにしえ)の風習によって、親元である長老の家に居ながらにして既に暗室に閉じ込められていた十三歳の少女「ネチカ」。

彼女を見た時、我々は驚いた。彼女がまだ「子供」だと判断せずにはいられなかったからだ。

あどけない眼差しや幼すぎる胸のふくらみ、そして、発毛もおぼつかず正面からでもくっきりと目立つ可憐なクレバス―――。ウエストのくびれすら微塵も伺わせてはいない。骨盤も発達していないまだ幼稚なばかりの肢体・・・・。

しかも、彼女の素肌は裸族少女たち特有の小麦色をした健康的な肌ではなく、驚くほど白くて極め細やかだった。が、それもそのはず、そもそも彼女はベエマの元に差し出すべく、十二歳で初潮を迎えて以降、父親のグノイによってこの暗室にずっと閉じ込められ続けていたそうなのだ。

―――しかし、本当に驚くべき劇的光景は、その翌日にこそ我々を待ち構えていた―――。

翌日の朝、最後の清めの儀式を終え、父親グノイに手を引かれてベエマの祠へと向かうネチカに我々は同行した。やはり不安なのだろう、父親にぴったりと寄り添う十三歳の少女だが、その足取りは非常に重そうである。そして、ジャングルの小道を辿り、ようやく目の前にシャーマンの祠が見えてくるようになると、突然、彼女の足はピタリと止まってしまったのだ。

無理もない・・・・、まだ十三歳のあどけないばかりの少女。本来なら、母親の胸に抱かれていても違和感がないまでの幼さを漂わせているその白くて小さな肢体・・・・。彼女に課せられた使命は余りにも残酷としか言いようがない。

祠を目の前にして立ち止まり、互いに見詰め合う父と娘。不安そうに父親の顔を見上げる少女のあどけない表情、そして、いつまでもそんな娘の顔を寂しげに見つめ続けている父親の眼差し・・・・。永遠の別離(とわのわかれ)―――、そんな悲壮感すら漂う二人の様子が、我々の胸を強く打った。

やがて、ようやく覚悟を決めたかのように父親と離れ、一人で恐る恐る薄暗い祠の中に姿を消していくネチカ。そんな彼女の後ろ姿を、我々はカメラを回しながらずっと見守っていた。

しかし、その直後のことである。祠の闇の中に彼女の白い裸体が吸い込まれた途端、間髪入れることなく少女の甲高い悲鳴が響いたのだ。

朝の静けさを打ち破るかのような突然の展開に、慌てて我々も照明やカメラと共に祠の中へと足を踏み入れた。するとそこには驚くような展開が繰り広げられていたのだ。何と既に、シャーマンのベエマがネチカを寝所に引きずり込んで彼女の小さな裸体に覆い被さっているではないか! しかも、嫌がる彼女を寝床に無理やり押え付けて、彼女のその未熟な乳房を吸い立てている! そして、何ら彼女に心の準備をする猶予を与えてやることもなく、そのまま彼女の股間に向かって、みずからの腰をえぐり込むように―――!!

たちまち耳をつんざくような少女の絶叫。

咄嗟に私は少女を助けようと、ベエマの刺青だらけの背中に飛び掛ろうとしていた。しかし、そんな思慮も無い行動はあっさりと他のスタッフたちに制されてしまった。

そうなのだ。ジャングルに生きるニビデ族は、彼らなりの文化と風習の中で暮らしている。我々文明人が大事に思う倫理観や博愛精神など、日々の糧を得ていくのに精一杯の彼らには何ら価値を持たないのだ。それに、妻帯を禁じられたニビデ族のシャーマン「ベエマ」は、こうした後継者を作る機会に恵まれてこそ初めて子孫を残すことが出来るのである。それを我々が妨害するということは、彼らの文化や風習を否定することにつながる。たとえ彼女がどれほど幼かろうとも、決して救いの手を差し伸べるわけにはいかないのである。

しかし、それは余りにも凄惨な光景だった・・・・。夢でも幻でも何でもない。まさに我々の手が届くようなすぐ目の前で、四十を過ぎた体躯もがっちりとした中年男が、わずか十三歳の小さな少女を強姦しているのだ。しかも、ネチカの幼少のヴァギナを目一杯押し広げて、ベエマの黒ずんだ逞しすぎる肉棒が彼女に深々と突き込まれている光景までが私の目にはっきりと―――!

こうして半ばレイプ同然の行為が目の前で繰り広げられているのを、私はただ単に見ていることしか出来なかった。必死でカメラを回し続けているカメラスタッフたちのすぐ隣りで・・・・。

強いライトを浴びせられ、あからさまに行為の最中をカメラに撮られているにも関わらず、ベエマは鼻息も荒く無我夢中で少女の小さな肉体に向かって腰を送り込み続けていた。少女に対する憐れみの情など、微塵も感じさせない。きっと長年に渡る禁欲生活が、彼をここまで女体に飢えた野獣に変えてしまったのだ。確かに大の男が四十歳を過ぎるまで童貞を余儀なくされてしまえば、こんな小さな少女でもためらうことなくその場に押し倒し、本能のままに姦通を果たしてしまうものなのかもしれない。ましてや少女はその為にここへ送り込まれてきたのだから。

しばらくは「コンミェィッ! コンミェィッ!」(痛い、痛いっ)と何度となくうわ言のように口走っていたネチカも、やがては余りの激痛に意識が朦朧としたきたらしく、中年太りの大柄なベエマの下で次第におとなしくなっていった。しかも徐々に彼女の全身から力が抜けていくのが、傍で見ている私たちにも容易に伺えた。激しいベエマの突き込みに、その小さな身体が頼りなくユサユサと揺さぶられ始めたからだ。そして遂に、ベエマが不意に切羽詰ったような呻き声を漏らし、その激しい腰の律動をピタリと止めた。しかも刺青だらけの大きな臀部をヒクヒクと痙攣させながら、小さなネチカの身体をぐったりと押し潰していったのだ。

スタッフ全員が、いや、少なくとも私は、息を飲んでその瞬間を見つめていた。少女の幼いクレバスを引き裂けんばかりに押し拡げ、そこに深く突き込まれている中年シャーマンの立派な生殖器(ペニス)を。そして、彼の肥えた臀部が、何度も何度も尻エクボを浮かべながらプルプルと小刻みに痙攣している生々しい様子を・・・・。

ベエマが、ネチカの幼い膣内に射精しているのは明白だった・・・・。童貞のままに四十を過ぎてしまった彼は、まさに今この瞬間、わずか十三歳に過ぎぬあどけない少女の肉体の深奥に、長年に渡って限界まで鬱積していた生命力の奔流を、全身全霊を持って注ぎ込んでいるのだ。しかもそんな感慨を物語るように、しばらく息を止めていた彼が、やがて気持ちも良さそうに万感こもる長々とした吐息を漏らし始めたのである。

皆が汗だくだった。強姦した男も、強姦された少女も、そして傍で見ていた私たちすらも。照明用のライトの影響で、祠の中はそれくらい温度が上がっていたのだ。

こうして、とても「シャーマンの儀式」などとは呼べぬ中年男による少女への生々しい「強姦劇」は終了した。四十男の血塗れの生殖器(ペニス)と、それによって強引に蹂躙されてしまったネチカの幼少のヴァギナが、無残なまでにポッカリとその口を開ききり、その奥から血の混じった白濁の粘液をダラダラと流し続けている余りにも無残な光景をカメラに収めながら・・・・。

しかし、所詮それは「儀式の始まり」でしかなかったのだ。以降、昼夜を問わず、ネチカはこの狭い祠の中でベエマに犯され続けて過ごすこととなった。そして、我々は昼夜交替でそんな二人の様子を祠の中に撮影し続けたのである。 

昼も夜も関係なく少女は祠の中でベエマに頻繁に犯され続けた。まさに我々が目を離す隙もないほどで、しかもベエマは行為中にどれだけ我々が側に近づこうと気にする様子もまったく見せず、ネチカを犯す行為に没頭していたのだ。時に深夜の暗闇に包まれた祠の中、行為が始まったことに気付いて目を覚ましたスタッフが、照明用のライトを点灯しカメラを回し始めても、彼は少しもうろたえることなくそのままネチカを犯し続けたのである。

が、我々がむしろ感心させられたのは、こうも頻繁にベエマに犯され続け、痛がって泣きべそをかいている幼少のネチカが、彼の元から逃げ出すこともなく祠の中に暮らし続けていることだった。しかも、痛がって泣くだけの彼とのセックスを少しも拒絶せず、彼の求めに応じて余りにも素直にそのあどけない肢体を彼に委ねていくのである。

こうして撮影は続けられたが、最初こそ痛がって泣き叫んでいたネチカも、次第に痛みが遠のいていったらしく、三日目を過ぎた頃にはまったく泣かなくなった。そればかりか、最初こそ余りの禁欲状態からその乱暴ぶりばかりが目立ったベエマだったが、中年の貫禄だろうか、少女とある程度の性交を遂げて以降は、じっくりと落ち着いて少女に愛撫を施す余裕が出て来たのだ。そして、ネチカは次第にそんなベエマによって肉体を開発されていった。彼の手のひらに幼い胸のふくらみを撫でられるだけで、そのあどけない肉体をギクンと反応させるまでになり、可愛い喘ぎ声を頻繁に漏らすようになっていったのだ。そして一週間を過ぎる頃になると、その幼い秘口に十分な潤みを宿し、心身ともに合意の上で彼の立派すぎるサイズの分身を迎え入れることが出来るようになったばかりか、遂には彼との交合においてオーガズムを覚えるまでになっていったのである。私たちがライトを真上から照らし続け、カメラを回しているその目の前で。

しかし実際、こんなすごい光景を目撃するのは初めてだった。このような間近な目の前で男女が、しかも現在の日本では考えられないような、年端もゆかぬあどけない少女とその父親といってもおかしくない中年男のシャーマンが、具体的に「子作り」を目的として余りにも生々しい「セックス」という生殖行為を頻繁に繰り返し続けているのだ。

我々の視線すら気にもせず、うっとりと中年シャーマンを迎え入れ、息遣いや喘ぎ声も幼いままに何度も絶頂感覚に追い詰められていく十三歳のニビデ族の少女。そして「精霊の魂を吹き込む」という名目で深い結合もそのままに、少女の未熟な膣内で思うが侭に気持ち良さそうな射精を繰り返し続ける刺青だらけの中年男。そんな生々しい光景が、昼夜を問わず祠の中で何度も何度も繰り広げられた。おかげで祠の中は、少女の愛液とシャーマンの精液が混じり合った独特の匂いと熱気がいつも充満していて、我々の頭はおかしくなりそうだった。

こうして我々は数ヶ月に渡って、中年シャーマンと十三歳の少女の信じられぬまでに濃厚な「性の営み」というものを単に間近で観察できたのみならず、すべてカメラに収めることが出来た。しかも、少女は見事に妊娠したのだ。シャーマンであるベエマの子を!

あどけないネチカの肉体がこんなにあっさりとベエマの子を妊娠したことに、我々は驚きを隠せなかった。正直なところ、幼すぎる彼女の肉体が今後どれだけ急速に発育を遂げようとも、妊娠出来るまでの成熟度を遂げるには、少なくともあと二年の歳月は要するものと思われていたからだ。

私はニビデ族の少女たちの、その蒼い肉体の深奥に秘められた「女体の神秘」というものを、強く感じずにはいられなかった。しかしそれと同時に、こんな年端もいかぬ少女の蒼い肉体を妊娠させたベエマに対して、「野性に生きる男たちの生命力の凄さ」を感じるばかりか、まさしく「精霊の魂」をネチカの肉体に吹き込んだシャーマンとしての彼の「霊力」に強い畏敬の念を抱かずにはいられなかったのである。

我々は是非とも引き続いて、ネチカがベエマの子を出産するシーンをカメラに収めたかった。いや、あどけない彼女がベエマによって無理やり女の肉体にされた挙句、わずか十三歳にして、まだ骨格も未熟なままに彼に妊娠させられてしまうまでの一部始終を目撃した者として、彼女の出産の光景までもをしっかりとこの目で見届けたかったのだ。しかし結局、我々は滞在費不足とスケジュールの都合により帰国を余儀なくされてしまった。しかも、ロケのメインに据えた肝心のシャーマンとネチカの祠の中でも営みのすべてが、当時のテレビ局の倫理規定に触れてしまい「お蔵入り」になってしまったのである・・・・。

 

 

 そんな遥か十二年も昔の出来事が、今も私にはまるで昨日のことのように鮮明に思い起こされてしまう・・・・。

確かにそれは今回のロケの参考にと最近、例のお蔵入りになったドキュメントフィルムに懐かしく目を通したせいなのかもしれない。

しかし、私はあのニビデ族のロケ以来、口には出さずともずっと密かに心配し続けていたことが一つだけあった。それは妊娠したネチカのことだ。確かに産み月を迎える頃には、彼女も十四歳になっている筈だったとはいえ、果たしてあんな幼すぎる肉体でベエマの子を無事産み落とすことが出来たのかどうか、それがずっと気掛かりだったのだ。それに、もしも彼女が無事にベエマの子を産み落としていたとしても、それが「男の子」ではなく「女の子」だった場合、彼女は再度の妊娠を強要される筈だったのだ。そういったことも一体どうなったのか。それを知りたかったが為に私は、こうしてニビデ族の暮らすアマゾンのジャングルを今回のロケ地として選んだのである。

が、そんな再訪も遅過ぎたようだ。ニビデ族がガルダ族に滅ぼされ、この集落を乗っ取られてから既に一年近くが経とうとしているらしい。つまり、私が彼女のことを案じ続けていた意味は、一年も前から無くなっていたのだ。

以前にも増して私の脳裏には、祠の中で無理やりベエマに犯され泣き喚いていたネチカの痛々しい様子が鮮烈に蘇るようになってしまっている。そして、それが今や「滝川安希」の受けているであろう過酷な試練とどうしても重なってならないのだ。

昼間はこうして私の膝元で穏やかな寝顔を見せている彼女だが、今も「少女の痛み」を堪えながらビシヌエに身を任せているのだろうか。毎夜のように続いているであろう性的な虐待に、あの初老の刺青だらけの男に身体を許すことに、如何ほどのおぞましさと恐怖を体験し続けているのだろうか。

確かに当時のネチカは安希よりも一つ年下でありながら、レイプまがいの破瓜のショックからわずか三日ほどで立ち直り、その後はベエマの濃厚な愛撫によって次第に感じ始めるようになり、一週間とかからずに「女の悦び」というものをそのあどけない肉体の内に目覚めさせる結果となった。しかし、それも所詮は彼女が自身に課せられた使命に対する自覚があればこその話だと思われる。同じ種族の中で最も敬うべき神聖な存在であるシャーマンに身を委ね、精霊たちの魂をみずからの胎内に吹き込んでもらうことこそ、幼い彼女が両親から命じられた大事な「務め」だった。つまり、当初から同族のベエマに身を委ねることを承知して、彼女は自分の足で祠の中へと足を踏み入れたのだ。始めから彼に妊娠させられることを目的として。だからこそ破瓜の痛みが消えて以降、彼女はあれ程までに積極的に、年齢の大きくかけ離れた中年男性であるベエマとのセックスに励めたのだ。確かに、あのような幼い体型のままで妊娠することが、後の自分にどれほど過酷な出産劇をもたらすものかまでは、あの年齢では到底理解できなかったのであろうが・・・・。

―――しかし―――、安希は違う!

彼女はニビデ族でもガルダ族でもない、日本の十四歳の少女なのだ! 最も感受性の強い思春期の少女・・・・、異性に関心を抱き始める年頃・・・・、なのに、あんな刺青だらけの醜い初老の男に身体を許して、それで悲しみを背負わぬ訳など無い!

・・・・だからこそ、私に何も泣きごとを言わずに明るく過ごしている彼女を見ているのが辛かった・・・・。今や笑顔すら浮かべるようになった彼女のいじらしい心の奥底を見るのが・・・・。だが、私もチムギンも、今やその生死をそんな彼女に託してしまっているのが実情なのだ。

チムギンの冷静な判断によれば、我々が殺されずに済む方法は「二つ」だけ。一つは、生きている間に州政府の監察官に我々を発見してもらい保護してもらうこと。

そして、もう一つは、ガルダ族で絶対的な権力を持つ長老でありシャーマンでもある「ビシヌエ」とのセックスによって・・・・安希が・・・・これほどまでに可憐な十四歳の少女が・・・・、このまま彼の子を妊娠して・・・・、ガルダ族の血の混じる赤ん坊を・・・・、クッ―――!  

確かに安希は今やビシヌエの大のお気に入りになっているらしい。しかし、彼とてかなりの高齢だ。これから先、老齢の彼がどれだけ頑張ろうとも、そして安希の肉体がこの先、どれたけその発育を順調に遂げようとも、一般常識からすればそんな確率は著しく低いものと、私は心のどこかで予断を許していたことは決して否定はできない。

しかし、私は遂に今夜、安希がこれまで受けていたであろう虐待を、彼女がビシヌエの慰み物とされている生々しい現場を、実際に目の当たりにしてしまうこととなるのだ。そしてそれは、まさに私が12年前に見たネチカとベエマのセックスよりもショッキングな生々しい構図だったのである。

しかも、私を苦悩させる事態はこれだけに留まらなかった。あの幼いネチカが命を賭して産んだベエマの子が女児であったことや、今もその女児がこの村で生き続けていることを知ると同時に、まだ11歳になったに過ぎぬその女児の見るからに痛々しい無残な姿を通して、あのビシヌエがまだ男としての能力をまったく失っていないことを徹底的に思い知らされる羽目になったのである。

―――毎夜、「儀式」という名を冠され、シャーマンであるビシヌエによって安希の十四歳の可憐な肉体に施される生々しくもあからさまな「性行為」そのもの―――。

私とチムギンの見守る中、ビシヌエの「性技」に成す術もなく翻弄されてしまい、挙句、その未熟な十四歳の膣奥に、霊力宿る彼の生命の墳流を容赦なく注ぎ込まれていく安希の憐れな姿・・・・。そして、心ならずも原始部族の長老と和合を遂げてしまった彼女とて、野蛮なガルダ族の気魂宿りし白濁汁の注入を膣奥に悟るや、たちまち汗ばむ素肌に鳥肌を立てて絶叫し、その小さな肉体をヒクヒクとわななかせるまでに次第にその「危機」と「恐怖」を自覚していく―――。しかし、既に飽くことなく原始部族の長老に幾度も果たされ続けたその行為は、遂に彼女の「生理」を!

やがて、可憐な十四歳の美少女「安希」の初々しい肉体に、刻一刻と起こり始める「異変」を目前にしながら、私は・・・・、私は―――!

―――壮大なアマゾンの熱帯雨林・・・・、それは、様々な生物が徘徊する蒸し暑い湿地の辺境世界・・・・。そして未開の裸族たちの原始的な営みこそが、唯一肯定された人間本来の姿―――。

残忍で原始的な裸族である「ガルダ族」との共棲の中で、十四歳の可憐な日本人美少女「滝川安希」の『ジャングルドキュメント』は、以降、更に衝撃的な展開を遂げていくのだった・・・・。

 

 

 【 終・・・・ 】

 

 


《注意》

この物語はすべてフィクションであり、登場する如何なる人物、団体、国家、人種、地名及び地域、文化、風習等、すべてが架空のものです。また、男性にとって有利とも受け取れる女性の心情に関する心理描写、及び身体機能の記述は、すべてが事実と異なる誤ったものです。

〈ジュピターインターノベルズ〉

 


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